手塩にかけて育てました〜ボルダリングの不思議な用語の話

子供の頃、スポーツが好きじゃなかった。
小中高の時分にスポーツ(体育)と言うと、もれなく強制で、団体行動だったからだと思う。みんなで準備運動、ランニング、声出し。
みんな入っているからという理由で中学の頃に入部したソフトボール部では、ソフトボール(野球)の基本的なルールを覚えただけで終わった。一時はスコアブックも付けることができたが、もう忘れてしまった。

で、いま私は、日常的にボルダリングジムに通っている。誰に強制されるでもなく、完全に趣味で行っているのだが、そのルールと用語は実地で覚えた。ルール自体は複雑でも何でもない。
しかし用語は、歴史が浅いスポーツ故か、独特で面白い。注釈にはわかる限りの英語を書いてみた。
ちなみに由来も何もわからないし、完全な私見。ただただ面白いな〜というだけの記事。

まず、ボルダリングで登るコースのことを、「課題*1」と呼ぶ。

この場合は赤色のホールドの並びが「課題」だ


課題をクリアすることは「落とす*2」と言う。『課題を落とした』とだけ聞くと大学で赤点でも採ったのかと思うが、ボルダリングジムで聞いたならそれは「クリアした」という意味だ。
さらに、課題を初見で落とすことを「一撃*3」と言う。『一撃で落とす』。狩りか、それとも城でも攻めているのか。何でそんな物騒なんだ。

これは古代ギリシャ時代のスパルタのファランクス

課題の簡単さや難しさは、「甘い」「(から)」と表現する*4。「甘い」は「やさしい(優しい)」とも言う。人が人にやたら優しくする「甘い」と、態度が冷たいという意味の「(から)い」なのだろうか。
また、ホールドが持ちにくかったり、足を置きづらい形状であることは「悪い」と言う。『パッと見は持ちやすそう(足を置きやすそう)に見えたのにそうではなかった』という落胆をひと言で言うと「悪い」なのだ。足場が悪い、などの表現から来ているのかもしれない。


少し話題は逸れるが、上述の中学のソフトボール部時代、声出しが嫌いだった。「ガンバ!」みたいなやつだ。
しかしボルダリングジムでは、この「ガンバ!」がとてもよく聞かれる。1番よく耳にするかけ声と言っていいと思う。
登っている人に対してかける言葉なのだが、別に言わなくてもいい、というのが中学の頃との違いだ。声をかけたければ相手を知っていても知らなくても「ガンバ!」と言う。実際、そのひと声でゴールにたどり着けたりするから不思議だ。
このことをボルダリングを知らない友人に話したところ、「部活みたい。懐かしすぎる」と言われた。確かに私も、中学以来言っていない気がする。
ちなみに英語では、
Come on!” “You've got this!”
と言う。


どちらもトップガンマーヴェリックでマーヴェリック(トム・クルーズ)が言ってた気がする


日本に暮らしていたらおよそ耳にしないようなフレーズだが、割とよく飛び交う。なぜ知っているかというと、ボルダリングジムには英語話者が意外と多いのだ。
中には日本語がペラペラな人も多くいて、ある日英語圏ネイティブと思われるお兄さんに「今回の課題めっちゃ(から)くないですか?」と話しかけられた。もう完璧な日本語&ボルダリング用語マスター。ちょっと(から)いですよね、と答えた。


閑話休題

ボルダリングジムでは、定期的に「壁(ホールド)貼り替え」が行われる。同じ課題だけでは、上手い人はすぐ全部落としてしまって来てくれなくなるし、初心者でも通い出すとだんだん飽きてくる。
模様替えと同じで、課題をガラッと変えることで客を呼び戻す。
その時に大抵のボルダリングジムはホールドをすべて洗浄し、ピカピカの状態で新しい課題を作り貼り替える。洗浄済みというのが大事だ。
なぜなら、長いあいだ人が触り、上に登ったホールドは、チョークとボルダリングシューズのソールに使われるゴムが表面にこびりつき、ツルッツルになっているから。
ツルッツルになったホールドは、摩擦が減り、持ちづらくなり、落ちやすくなる。

で、ホールドがツルッツルになって登りにくくなることを、「育ってる」と言う。
用例としては『このホールドめちゃ育ってる!』など。自分もそのホールドがツルッツルになる一端を担っているはずなのだが、さも勝手にそうなったかのように言う。
みんなで力を合わせて「育てた」はずなのに…。

とはいえ、ツルッツルのホールドは私も嫌いだ。特に足場がツルッツルだと足が抜けて怪我しやすい。
だから洗浄済みのホールドを見ると嬉しくなる。が、その時になって思い出すのだ、チョークもゴムも纏っていないホールドの表面が、粗い紙やすりみたいだったということを。

綺麗なホールドに手の皮をいくらか削られ、手塩にかけて育てるってこういうことだったっけかな…と思ったり思わなかったりしながら日々登っている。



*1:「ルート」とも。英語ではroute, problem, projectなどとも呼ばれる。

*2:英語ではsendなのだが、なぜクリアすることを「送る」と表現するのかもよくわからない。

*3:英語ではflash。何となくニュアンスはわかる。

*4:英語では普通にeasy, hardと表現するようだが、もしかすると別の表現もあるかもしれない。