アステカ、その扱いの耐えられない軽さ

この夏、東京国立博物館で特別展「古代メキシコ ―マヤ、アステカ、テオティワカン」が開催された。東京国立博物館においては実に70年振りだったそうだ。

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そして私の記憶にある限り、先コロンブス期関連の展覧会で「アステカ」というワードを聞いたのはほぼ初めてだったように思う。テンションが上がり過ぎて、4回行った。展覧会に2回行くことすら稀なのに。

コロンブス期という用語に馴染みがないかもしれないが、意味は読んで字の如く「コロンブスアメリカ大陸を“発見”する前の時代」のことだ。
マヤ文明インカ帝国のことは耳にしたことがあるかもしれない。いずれも先コロンブス期に興った文明で、一時期『世界ふしぎ発見』等で熱心に取り上げられていたから日本でも知名度は高い方だろう。日本以外の場所でも、マヤ文明はジャングルの中に消えた謎の高度な文明として*1、そしてインカ帝国は眩い黄金の装飾品を誇る黄金郷として、人々のロマンをかき立てているのではないだろうか。

実際、マヤ文明インカ帝国を合わせた展覧会には以前行ったことがある。とはいえ、マヤ文明は現在のメキシコ、グァテマラ、ホンジュラスエルサルバドルなどのいわゆる中米のマヤ地域に興ったのに対し、インカ帝国は南米のアンデスに興った。当時としては地理的に近かったとは言えず、宗教観や死生観が似通っていたかというと首を傾げる。それでも、知名度を考えると抱き合わせた方が集客が見込めたのかもしれない。

一方アステカ文明はというと、マヤ文明インカ帝国と比べると知名度は格段に落ちると思う。

アステカ王国はメキシコ中央高原に興った国で、地理的な観点からも文化的な側面からも、マヤ文明と宗教観、死生観についてはある程度共有しているといえる。マヤ文明のようにピラミッドを建てて、儀式としての人身供犠も盛んだった。
実のところ、『古代』というほど古くもなく、その建国は14世紀だ。戦争と交易で国力を強化し、当時、アステカ王国の首都テノチチティトラン(現在のメキシコシティ)は世界有数の大都市となった。しかし16世紀にはスペイン征服者によって滅ぶ。その間、わずか200年足らず。

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古代メキシコ展の年表。「メキシコ中央高原」の欄の1番左のほんのわずかな期間がアステカ王国

で、ここ最近、立て続けにアステカ(Aztecs) というワードやそれに関連する要素が登場した作品を偶然観たり読んだりした。その歴史の短さ故なのか、あるいは知名度の低さも手伝ってか、揃いも揃って雑な扱いや間違った言及をされていた。そのたびに少し冷めていたのだが、それが重なり、やりきれなくなったのでここに書くことにした。

ちなみに、作品そのものを批判するつもりはない。全部面白かったと言える。本当に。ただアステカという言葉の扱い方が個人的にどうなのかなぁと思うだけで。

 

ひたすら雑な例:Ghosted (Apple TV+)

ネタバレにならないよう最大限ボカして言うと、ストーリー上重要なアイテムがその名も「アステカ(Aztecs)」なのだが、それがなぜそんな名前で、どういう役割を果たすのかよくわからないまま映画が終わる。
映画としては、10年前なら男女の配役が逆だっただろうなと思って観ていると面白い。だんだん強くなるクリス・エヴァンスが見どころ。

 

無理がないかなと思った例:トランスフォーマー/ビースト覚醒

考古学者が、ストーリー上重要なアイテムの場所を記した文字の出自として「古代エジプト文明より古いから、ヌビアかアステカかもしれない」と推測を言うシーンがある。
しかし前述の通りアステカは14〜16世紀に興ったので古代エジプトとは比べるべくもない。
紀元前何千年前のヌビアとアメリカ大陸の文明を並べたかったのなら、せめてオルメカ文明かマヤ文明(上の年表画像参照)なら苦しくなかったのではないか。その登場人物は、不当な扱いを受けている“有能な”考古学者という設定だったのだが、設定がブレ倒していた。wikipediaでも良いから見てほしいと切に思った。

 

一瞬飲み込みかけたが違った例:シャーロック・ホームズとシャドウェルの影

シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』は、シャーロック・ホームズパスティーシュ小説だ。
作中、「ヘビの姿を取る神々が世界中には古くからいる」という文脈でアステカの神の名前が登場する。

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アステカ神話の神、トラロク(雨と雷の神)」とある。
中国や日本では、雨や雷をもたらすのは龍とされてきた。だからなのか、私の中の日本人の部分が一瞬納得しかけてしまった。
しかしこれは違うのだ。アステカ神話では、蛇の姿を取る神はトラロク(トラロック)ではない。

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メキシコシティテンプロマヨール遺跡にある蛇の石彫

名前そのものが「羽毛の生えた蛇」を意味する、ケツァルコアトル(文化、農耕の神)だ。だから、間違えようもない。

マヤ文明ではやはり「羽毛の生えた蛇」を意味するククルカンと呼ばれた。テオティワカンでは文字がまだ解読途中のため、何と呼ばれていたかわからないが、しかし羽毛の生えた蛇の石彫は存在する。

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チチェン・イツァ遺跡のエル・カスティーリョのククルカン石彫

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古代メキシコ展にて撮影、テオティワカン出土の「羽毛の蛇神石彫」

ではトラロクはどういう姿なのかというと、これだ。

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古代メキシコ展にて撮影

メガネのような丸い輪っかを顔に着けた姿、これがトラロクだ*2
翻訳小説だから、原書がトラロクと書いてあったなら訳者には変えようもないのだろう。しかし、仮にも現代に書かれた小説でこれをやられると、なぜか前2つの映像作品よりダメージが大きかった。紙に印刷されてしまっているからだろうか。それともよりによって、大好きなアステカの神々について間違われたからだろうか。

 

単なる勘違いだから目くじらを立てるなと言われればそれまでなのだろうが、アステカが好きなので、何気なく観たり読んだりした作品で雑に扱われているのを知ると悲しくなる。
これは、ハリウッド作品で間違った日本描写に違和感を抱くのとは訳が違う。私は日本人なので、家の造りや障子や襖のわずかな違いを感じ取れる。日本語の綴りの間違いも気が付く。
しかしアステカに関しては、昔に学問として少し学んだだけ。その私ですら「それ間違ってないか?」と思うのに、昔はなかったインターネットでいくらでも検索ができる現代に、作品を作る人たちがそうしなかったか、する価値もないと思ったのかと考えると、ひたすらやるせない。

 

 

*1:マヤ暦みんな好きだよね、マヤ暦に終わりはないので安心してください。あとマヤ暦は数種類あって複雑なので、占い等で使われる時はどのマヤ暦か確かめてください。

*2:念のためwikiを見たら、雷をモチーフにしたヘビのよつなものを携えた姿で描かれた出土品があったという表記があったが、「蛇の姿」と考えるとやはり違うと思う。