常に半ドア。

ドアなんてちゃんと閉めなくていいから走ったらええんや(運転中は閉めろ)

toxic optimism(有害な楽観主義)に潰されない

【前置き】

この文章は、5月の半ばに書いたものだ。6月14日現在、非常事態宣言は解除され、自粛は終わりを告げた。しかし下書きに残っていた文章はほぼ完結していたし、なんせ日本は戦闘機に対し竹槍で挑もうとした国である、危機的状況においてこのような間違いを再び繰り返すと思うので、自分のためにも投稿しておくことにした。

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だが、今日ではない

春は芽吹き時という。

私はその時期が近付くと、職場の人間関係が変わるわけでもないのに(そもそもフリーランスで在宅勤務だ)、具合が悪くなる。花粉症はデフォルトだが、消化器系の調子が芳しくなくなるし、思考も後ろ向きになる。眩暈はほぼ慢性的なものだが、精神の不調と相まって体調がコロコロ変わる。

もう10年近くこの状態なのだが、これは一般に自律神経失調症と呼ばれる。それが春に本領発揮するのである。

だから春はあまり好きではない。けれど、私が眩暈でグラグラしている時に、周りの人が楽しそうにしているのを妬む趣味はない。

いやむしろ、大いに楽しんで欲しい、とこの春は特に思った。

私の体調がザワザワするのはいつものことなのでまあ良い。だが、世間はザワザワして欲しくない。勝手な話だが、本音だ。

それにこの春は私個人の事情も重なった。数日の入院を要する手術を受けることになっていた。命に関わることではなく、QOLを上げるための手術だ。

年明けから診察や検査、入院の案内に手術説明、手術のための服薬と手続きを進める毎に、世間が、いや世界全体がザワザワしていく。新型コロナウィルス、てめえのことだ。

私は花粉症である以前に、幼い頃に喘息を患っていた。もう気管が狭くなるほどの発作はないが、花粉症と共に軽い息苦しさを感じることがあるので、抗アレルギー薬と喘息の薬を併用している。

更には去年の春、夜中じゅう咳が止まらない風邪を引いた。あとであれが軽い肺炎だったと知った。去年以来、多分このまま運動せずに行くと呼吸器系が原因で死ぬだろうな、とぼんやりと思い、最近エアロバイクを漕ぎ始めた(もう少し早く始めればよかった)。

そこに肺炎を引き起こす新型コロナウィルスである。何度か病院に行った後はもう、入院日まで息を潜めるようにして過ごすしかない。

ちなみに手術前の準備として服用している薬の副作用は主に「頭痛、めまい、吐き気、うつ状態etc.」であったが、それらの症状は私の春の標準装備なので、もはや何が原因でザワザワしているのかわからない。

そこへ来て東京都に緊急事態宣言と来たもんだ。

期日直前に入院&手術のドタキャンを食らった。不要不急の入院を減らすため、ということらしい。しかも、いつ出来るかわからない手術のため上記の副作用を持つ薬の服用は続行である。

人生で病院側から入院のドタキャンを食らうことなんてあるだろうか。2度とあって欲しくない。

何ならドタキャンと服薬続行でちょっとうつ状態になりそうな勢いだ。潜めていた息は一瞬詰まった。ちょっと泣いたし、入院&手術予定だったはずの数日間を家で過ごしていた時は完全に沈んでいた。

 

そうして3週間ほど経った。今のところ幸いにも自分および身内は体調を崩してはいない。精神的に、という話ならアメリカの小学生ばりに我先に手を挙げる。しかしこれは敗北宣言ではない。

もうダメだ、と思ってからが本番みたいなハリウッドのアクション映画みたいに、とんでもなく粘りたい。

洋画には、「だが、今日ではない」というセリフが出て来る映画が何本かある。大抵は主役たちが絶望的な闘いを強いられるか退却を迫られる場面で、それでも力強く、時には微笑みながら、彼らは言う。

「だが、今日ではない」と。

英語だと"But this is not today."とか、"But it is not this day."とか言うが、字幕はだいたい同じだ。

 

 

「みんないつか死ぬ」

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バトルシップ (字幕版)

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「全てを諦めなければいけない日が来るかもしれない」

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youtu.be

 

「敵に負け希望が砕け散る日が来るかもしれない」

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ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還 (字幕版)

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人間と疫病の闘争の歴史は長い。よって今回の闘いも長くなるだろう。

みんなでがんばろうとか、こんな時だからこそ前向きにとか、言うつもりはない。言える思考回路があったらこんな文章を書いてはいない。

行先を案じ絶望する日があっても、ぽっきりと心の折れる音が聞こえる日があっても、どこかで誰かが、「だが、今日ではない」と言っている。

 

そしてそれは正しい。

わたしと英語は“わたしと映画”

このブログで、不定期に英語についての記事を書いているが、今回はキャンペーンに乗っかった形で諸々振り返ってみる。

初めに言っておくと、やたら長くなった。本当に長い(5,000文字近くある)。お暇な時にどうぞ。

私と英語の出会いは、映画との出会いとほぼ被る。英語教育が始まる中学1年の頃に、まずジュラシックパークの字幕版を映画館で観て度肝を抜かれた。

ジュラシック・パーク(字幕版)

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 英語はまるで聴き取れなかったが、展開がわかりやすく、すぐに引き込まれた。

古い映画館で、背もたれの低い椅子に座って観ていたのだが、怖いシーンが怖すぎて椅子からだんだんずり下がっていった。真後ろに座っていた父が後に、「映画中に〇〇ちゃん(私)が消えたと思った」と語ったほどである。

余談だが、中学1年よりずっと幼い頃から、恐竜は私の憧れだった。その恐竜が人によって再び地球上に生を受け、人を魅了し、人に利用されそうになると人を喰らい蹂躙し、最後には追い出す展開が最高だった。

そして翌年、ディズニーの長編アニメ映画、ライオン・キングを観た。

ライオン・キング (字幕版)

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 当時、地元の映画館はいわゆる入替制でなく、1度チケットを買って入ったらいつまでもいてよかった。なので私は、ライオン・キングを続けて2回観た。

理由はこの人(ライオン)だ。


The Lion King: Be Prepared | Sing-A-Long | Disney

この映画におけるヴィラン(悪役)のスカーで、声優はイギリスの名優ジェレミー・アイアンズが務めた。

端的に言えば私は、このスカーの英語に恋をした。

脅しと宥めを自由自在に操る歌声、これぞ悪役と納得する邪悪で胸のすくような笑い声、そして美しいイギリス英語。

歌もそうだが、英語そのものがなんて美しい音楽だろう、と思った。私にとって英語は、世界で1番歌ってみたい歌だった。

今でもその気持ちは変わらない。

週末、封切りされたハリウッド映画を観に行く、というのが中高時の私の娯楽のメインストリームだった。

思えばその頃、ハリウッドはある種豊作の時代だった気がする。スターウォーズ4,5,6やインディ・ジョーンズ3部作は過去の話だったが、前記した通りジュラシックパーク1作目が公開され、インデペンデンスデイ1作目、5代目007の1作目も出たし、今や6作品も作られたトム・クルーズ主演のミッション・インポッシブルの1作目も出たし、レオナルド・ディカプリオブラッド・ピットが頭角を現し始めたのもこの頃だ。何なら隔週くらいでド級のハリウッド映画を観ていた気がする。やっぱり豊作の時代だった。

英語の授業も好きだったので、中高の英語の成績は良い方だった。ただその成績がハリウッド映画鑑賞の恩恵を受けていたかと言うと、よくわからない。確かに古文漢文の成績より遥かに自信があったので、もしもあの時あさきゆめみし三国志にハマっていれば、違う将来があったかもしれない。

日本の英語教育はスピーキングとリスニングに弱い、とは今でも言われるが、私がそれを痛感したのはアメリカ留学時のことだ。それについては過去記事に書いた気はするが、かいつまんで言うと、日本の大学で英語の論文を読んだりしていたのにも関わらず、スピーキングとリスニングのスキルが足りないということで留学生用の英語クラスでド初心者のクラスに振り分けられた。

で、留学は3年間。最終的には英語で講義を受けられるまでにはなったが、スピーキングは生来のコミュニケーション能力の低さが邪魔をして、せいぜい「海外で何かしらのトラブルがあっても何とか生きて帰ってこれるくらい」のレベルである。ちなみにこれは、「店やレストランで店員と会話しながら注文ができる」の1個上で、「雑談ができる」の2,3個下のレベルだ。(個人の感想です)

何かしらのトラブルには、在住時で言うと「アパートのネットが繋がらなくなったのでコールセンターに電話」「トイレが詰まって以下同文」「家から締め出されて以下同文」等々が含まれる。

旅行時で言うと「ホテルの部屋の金庫が壊れてフロントに電話」「部屋のマグカップを壊して以下同文」「ティッシュペーパーがなくて以下同文」「今日の今日でホテル内レストランでディナー予約のため以下同文」等あるが、数年前「当日移動しようとしていた先でテロ未遂が起きて、その日宿泊するホテルを調整し直すため電話交渉」というのが加わった。この先2度と起きて欲しくない。

時間軸をやや戻すと、前記の通り私はアメリカに留学した。場所はカリフォルニア。

初めて恋をした英語話者がイギリス人だったのに何故か、と言えば、中高の間に観た映画がほぼ「ハリウッド製」だったからだろう。留学先で主に学んだのは映画ではなかったが、英語はばっちりアメリカ英語を学んでしまった。

そうするとどうなるかと言うと、アメリカで字幕なしの何作目かのパイレーツオブカリビアンを観た時、頭痛が発生した。

パイレーツオブカリビアンは、主要キャストがほぼイギリス人俳優で占められている中、主役のジョニー・デップアメリカ人だったが、彼は役作りのためか訳のわからんアクセントの英語を話していた。要はイギリス英語と訳わからん英語のオンパレードである。それでも聴き取ろうとした結果、脳みそがオーバーヒート、頭痛のお出ましだ。

スカー(ジェレミー・アイアンズ)への愛はどこへ行ったんだ、と思うかもしれないが、私も驚いた。私のオールタイムベスト映画の1つはロードオブザリング3部作だ。あれも全編イギリス英語で、留学前の私はイギリス英語の方が聴き取りやすいと思っていた。しかしアメリカはカリフォルニアで英語を学んだ結果、耳がアメリカ英語になってしまったのである。

話は逸れるが、留学時、父親たちの星条旗硫黄島からの手紙という2本の映画がほぼ同時公開された。第二次世界大戦の日本の硫黄島で繰り広げられた激戦を扱った映画で、前者はアメリカ側から、後者は日本側から見た硫黄島の戦いを描いていた。私は両作をアメリカで観たのだが、あれだけ激戦を交わした敵国同士が、その後に築いた関係のおかげで自分がかつての敵国に留学しているという現実に、平和を真にありがたく思った。

そして現在(2020年3月29日)、世界中の国々が新型肺炎の封じ込めのためほぼ鎖国状態を選んでいる。一刻も早くこの禍が収まってくれることを願ってやまない。

さて、なかなか長くなってきたのでここからは駆け足で行こう。

留学から帰国後、職を転々とした。転々とした職の中には、あらゆるアクセント(英、米、豪、インド、ロシア、その他諸々)の英語を話す在日外国人の電話を受けまくるものがあり、留学以来、スピーキングとリスニングが最も鍛えられたのはそこだった。留学から帰国後数回TOEICを受けたが、その頃にも受けてリスニングが満点取れたのを最後に受けていない。間違いなく私のリスニングスキルのピークはあの時だ。

しかし一方、その頃が1番映画を観ていない時期だったと思う。英語のスキルが上がるのは良かったが、ありがちな人間関係とかそういう感じのアレで疲弊し、その仕事をやめた。しばらく体調を崩して、映画館は疎か家で映画すら観られなくなった。

じわじわ回復していく中で、私をもう1度映画に引き戻してくれたのが、"私と映画"と題しながら、これがドラマである。

kadokawa-d.jp

イギリスBBC製作のSHERLOCK/シャーロックだ。

映画じゃないじゃないか、とお思いだろうが問題ない、この主役2人、ベネディクト・カンバーバッチマーティン・フリーマンはある映画で奇跡的に共演を果たす。*1

 (竜がカンバーバッチ、右端がフリーマン)

端的に言えば私は、シャーロックの主演俳優であるベネディクト・カンバーバッチのファンになった。いわゆる推しが出来た。

そうやって私の英語と映画が再び合流した時、大いに役立ったのはYouTubeである。YouTubeには欧米の様々なトークショーの映像が公式チャンネルから配信されており、自由に観ることができる。そしてアメリカやイギリスの俳優たちが映画のプロモーションでそういったトークショーに出演しているのだ。しかしYouTubeアメリカ発のサービスであり、トークショーアメリカやイギリス向けのものであるから、日本語字幕は付いていない。

かくして私は、推しが何を喋ってるのか知りたくてリスニングをめちゃめちゃ頑張った。頑張っても6割聴き取れるかどうかという時もあるが、YouTubeは無料だし、推しの英語が何度でも聴けるというのは最高である。

いつしか映画館にも出かけられるようになり、前記のホビットも映画館で観た。

この辺りから、観たい映画を観に行く→出演俳優にハマる→英語でYouTubeを巡回、という一定のコースが出来上がった。そのおかげか、最近になって行った海外旅行でもあまり苦労はしていない(テロ未遂の時は除く)。

そして一昨年、私は初めてイギリスの地を踏んだ。信じがたいことに、ライオン・キングを観てイギリス英語のスカーに恋してから実に25年経っていた。

それまでいったい何をしていたんだ、と言われれば、ここ10年MCUにどっぷり浸かったり*2、ここ数年でまた新たにイギリス俳優の推しが出来て渡米したりしていた*3。一昨年の渡英も、その推し絡みである。推しを追いかけて海外まで行くことになろうとは、人生何があるかわからない。

さて、そのイギリスで驚いたのは、自分の英語が通じたということである。

お前は何を言っているんだ、と思われたかもしれないが、私も意外だった。しかし考えてみて欲しい、英語はイギリス発祥だ、"英"語と呼ぶのだから。そして私は主に"米"語を学んだのである。

イギリスの中央銀行であるイングランド銀行に行く用事があって立ち寄ったのだが、そこで話した英語が通じた。再度、お前は何を言っているんだ、と思われたかもしれないが、なんかわからんが感動したのである。もう1度行きたい、イギリスに。

現在、私の職は翻訳業界の末端にある。結局仕事も英語関係なのだが、全く稼げていないので、勉強しなきゃなあとぼんやり思いつつ、映画館や配信サービスで英語を聴く日々である。

正直、趣味も仕事も、やった方がいい勉強も英語絡みなのに、英語を嫌いになっていないのが不思議なくらいだ。

たぶん映画がある限り、ずっと英語が好きだろう。上手い下手はとにかくとして。

 

アルク #トーキングマラソン 特別お題キャンペーン「わたしと英語」

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*1:ホビットロードオブザリングの前日譚で、そのホビットにシャーロックの2人が出るというロードオブザリングファンとしてもシャーロックファンとしても出来すぎな幸運だった。

*2:ちなみにMCUでの推しはキャプテンアメリカだったが、前記のベネディクト・カンバーバッチがドクターストレンジとして、マーティン・フリーマンはCIAエージェントのエヴェレット・ロスとして、間接的にではあるがここでも共演している。洋画沼こわい。

*3:テロ未遂のゴタゴタを補って余りある充実した旅だった。

楽しい映画で何が悪い/チャーリーズ・エンジェル【ネタバレなし】

チャーリーズ・エンジェルを観てきた。

 

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公式サイト

 

そもそもあんまり観る気はなかったのだけど(本国で不評と聞いた)、以下の記事を読んで観たいと思った。

『チャーリーズ・エンジェル』は「フェミニズム的に問題がある」の問題 - wezzy|ウェジーwezz-y.com

ネタバレなしの感想はというと、

こういう映画今までたくさん観てきたな、男だらけのキャスティングで。

だった。

ハリウッドのアクション映画が好きでたくさん観てきたけど、キャスティングはだいたい男5に対し女1〜2私見)だった。そしてチャーリーズ・エンジェルでその比率が逆転したからと言って、特に何の問題もなかった。

こりゃあ男は居心地悪いだろうなと思う演出はいくつかあったけれど、それが何だって言うのだろう。今まで、男に利用されるだけの女性を映画の中で山ほど見てきた。

お色気だけを添えるためにヒーローの脇にいる女、敵の情報を得るためだけに抱かれる女、ギャーギャー騒いでトラブルを招くだけの女、ヒーローを窮地に陥れるため敵に利用されるだけの女、ストーリー進行には邪魔なことしかしないのに何でいるんだろうという女etc.

だったら、この映画みたいな展開もアリだろう。これはフェミニズムのための映画じゃなくていい。ポップコーンムービーだ。頭を空っぽにして観る映画に、主義主張なんぞなくていい。

エンジェルたちの人種がバラエティ豊かなのは時代だろうけど、サビーナ(クリステン・スチュアート)、ジェーン(エラ・バリンスカ)、エレーナ(ナオミ・スコット)のバランスがとても良い。

ずーっと軽口叩いてるけど決める時は決めるサビーナ、プロ意識が高くメチャ強いジェーン、巻き込まれた一般人SEだけどいざという時に芯の強いエレーナ。

全員カッコいい。そしてこの3人のシスターフッドが全編に渡ってとても心地よい。それだけ?と言われれば、それのどこが悪いんだろう、と思う。

オーシャンズ8が公開された時にも、「ストーリーに無理がある」とか何とか文句が出た記憶がある。だったら、オーシャンズ11ジョージ・クルーニーが出てた方)がそんな折り目正しい映画だったか?って話だ。続編が出る毎に割とアホな展開はあったよ、付け鼻がデカすぎてシャンパン飲めないマット・デイモンとかいたじゃん。

007も、ミッションインポッシブルも、オーシャンズ11も、やりたいことやってんだからチャーリーズ・エンジェルにだけフェミニズムを求めるのはおかしな話だ。

だからこれから、こういう映画がどんどん増えればいいと思う。

 

↓リンク先ネタバレ感想

@whooomeeeさんの伏せ字ツイート | fusetter(ふせったー)fusetter.com

 

 

映画で学ぶ英語:時制で深読みしてみよう【コードネームU.N.C.L.E.編④】

このブログ記事、もともと【英語やり直し】というシリーズで書こうと思っていた。あるのだ、そういうシリーズが。そのシリーズも続けばいいな。

 

しかし先日この記事を読んで、時制について書こうとしていたことを思い出した。

gendai.ismedia.jp


そして思い出した後、思いついた。

時制について語りたいシーンがコードネームU.N.C.L.E.にあったな、と。 

もうコードネームU.N.C.L.E.の脚本引っ張り出して読んどけ、と思われたかもしれない。出来るならやってる。どこかに売ってませんか、コードネームU.N.C.L.E.の脚本。

ちなみにコードネームU.N.C.L.E.の名前を連発したけど、書いてたら途中がまあまあ長くなってしまった。

 

さて、前述した記事にもあるように、日本語に時制の概念がないので、日本人は時制に苦労すると言われる。逆に英語話者にとってはどうか、と言えば、映画ではないがアメリカの連続ドラマで面白い一幕がある。

アメリカのシットコムの金字塔、ビッグバンセオリー。 

www.netflix.com

コミュニケーション能力が破綻しているが理論物理学の天才シェルドンと、そのルームメイトで実験物理学者のレナードは、両方ともアメコミやハリウッドのエンターテインメント系映画のオタクである。そんな彼らの部屋の向かいに金髪の可愛い女の子ペニーが引っ越してきて、レナードが彼女にひと目惚れしてしまい…というところからシーズンは12まで続いた。

で、ピックアップしたいのはシーズン8の第5話。シェルドンとレナード、オタク仲間であり仕事仲間のハワードとラージの4人は、ひょんなことから映画バックトゥザフューチャーPart.2のタイムパラドックスについて論争になる。  

 バックトゥザフューチャーは、言わずと知れたタイムトラベルSF映画である。

映画について話すと主題まで永遠に辿り着かないので詳細は省くが、以下の会話は、バックトゥザフューチャーPart.2劇中でビフ(Biff)という名前のいじめっ子が、主役のマーティとドクのタイムマシンを利用して過去に行って若い頃の自分にスポーツ年鑑を渡したことによりスポーツ賭博でボロ儲けしたことついてのタイムパラドックスを論じている。

レナード:Because it wasn't until his 21st birthday that 1995 Biff placed his first bet.(ビフが競馬で賭けたのは1958年の誕生日だからだ)

シェルドン:Whoa. Is "placed" right?("賭けた"でいいの?)


レナード:What do you mean?(何が?)


シェルドン:Is "placed" the right tense for something that would have happened in the future of a past that was affected by something from the future?(過去形で言ったけど、未来に干渉された過去における仮定未来の話だ)


レナード:"Had will have placed"?("賭けたであろうかった"?)


シェルドン:That's my boy.(よろしい)

ちなみに括弧内の日本語は字幕からだが、シェルドンの長い台詞を直訳してみると「未来から来た何かによって影響を受けた過去の未来で起きるであろう出来事に使うのに過去形って時制として正しい?」と言っている。

このドラマではシェルドンが飛び抜けて変人だが、周りの3人もそこそこの変人であり、中でもシェルドンと長年ルームシェアしてきたレナードなので、怪訝そうな顔をしながらも「賭けたであろうかった?」という和訳も難しい過去完了仮定未来(今でっち上げた)で答えている。

もちろんアメリカ人もこんな使い方はしない。このシーンのハワードの当惑ぶりを見ればそれは明らかであり、インド出身のラージに至っては何も聞いてない。

ドラマの中でこの話題はあと少し続くのだが、今回はこの辺にする(観たい方はNetflixあるいはAmazonプライムでどうぞ)。

着目したいのは、このドラマが、シェルドンがタイムパラドックスの説明で異常に時制を気にすることを笑いとして扱った点である。

英語話者である視聴者たちが、シェルドンの時制への行き過ぎたこだわりを笑えるほど、時制について忠実であろうとすることが常識である、ということだ。

日本語だったら笑いにならないだろう。

 

さて、以上を踏まえてコードネームU.N.C.L.E.である。映画についての説明は以下の記事を読んでいただけるとありがたい。

titlacauan.hatenablog.com

何やかやあってラスト間近のシーン。

イリヤ・クリヤキンは上司からの電話で命令を受け、ナポレオン・ソロの部屋へ向かう。

ソロは帰り支度中だ。イリヤの様子がおかしいが、ソロは気付かない振りをする。イリヤが命令を実行しようとした時、ソロも覚悟を決めようとするが、次の瞬間イリヤにあるものを投げて渡す。(映画の伏線的なものなので伏せる)

 

イリヤは驚き、戸惑いながら言う。

"You know what my mission is?"(俺の任務は…)

するとソロはこう答える。

"Same as mine was."(俺と同じ)

 

日本語の字幕も吹替も同じ文言なので、時制はほぼわからないが、原語に注目してみよう。

イリヤ"my mission is"と現在形で言っているのに対し、ソロは"mine was"と過去形を使っている。(mineはこの場合my missionの所有代名詞)

2人はそれぞれKGBとCIAの上司から、全く同じ任務を課せられた。そしてイリヤは少なくとも前記のセリフを言った時、任務をまだ遂行するつもりでいた。

しかし翻ってソロは、過去形を使って言ったのである。英語ネイティブのソロが、時制を間違えるはずはない。

つまりソロは、一瞬の逡巡はしたが、あの瞬間に上司の命令を無視することを決めた。そのことがあのわずかなセリフから深読みできるのだ。

初めて時制がありがたい、と思った瞬間である。

 

isとwasだけを書いてタイトルに時制の文字を入れるのもおこがましい気がしたが、本当に人生で初めて時制がありがたいと思った瞬間だったので許してほしい。 

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映画で学ぶ英語:エルサはありのままにレリゴーできたか

アナと雪の女王2が公開されてしばらく経つが、この記事は2作目とは何の関係もない。

1作目の方の主題歌で日本でも大大大ヒットした「レット・イット・ゴー」の話である。

レリゴー旋風が吹き荒れたのはもう何年も前だが、この「レット・イット・ゴー」というフレーズがアメリカの連続ドラマなどを観ていると本っ当に良く出て来るので記事を書いてみようと思った次第。

 

アナと雪の女王の主題歌「レット・イット・ゴー」には、副題が付いていた。それが「ありのままで」。

「ありのままで」は日本語版主題歌のサビにも使われ、強いメッセージとして日本の観客の心を掴んだ。

映画では、幼い頃から自分の力を人に見せることを両親に禁じられ自分の殻に閉じこもったエルサが、とうとうその力を解き放ち、氷を操って城を築く力強いシーンでエルサ本人が歌い上げる。

 


「アナと雪の女王 MovieNEX」レット・イット・ゴー ~ありのままで~/エルサ(松たか子)<日本語歌詞付 Ver.>

 

日本語版レリゴーに込められたメッセージは非常に明確だ。

私(エルサ)はもう自分を隠さない、自分の力を隠さない、私は私のままでいる。

 

では英語版ではどうだろう。

英語版の歌詞は、エルサが「もうこれ以上(力を)隠しておくなんて無理」と自身の解放を歌っている点においてある程度日本語版と一致しているが、その他はだいぶ違う。

どれだけ違うかは、英語版レリゴーに日本語字幕が付いたものがわかりやすい。

 


イディナ・メンゼルver(字幕スーパー版)「Let It Go」

 

日本語とのニュアンスの違いに驚かないだろうか。

英語版のエルサは、家族や国民に背を向け雪山へ逃げ、

もう力を隠してはいられない/それでも構わない/力を解き放ちどこまでやれるかやってみよう/私こそ風と空を操る者だ/善も悪もルールも知ったことか/私は自由だ

と高らかに宣言し氷の城を築く。

 

サビのLet it go, let it goに当てられた字幕は、

「これでいいの かまわない」。

この日本語を「ありのままでいい」と解釈するのは自由だが、英語版エルサはそうは言っていない。

何故ならその後に、もう戻るものか/過去は捨てた!とより一層高らかに歌い上げるから。

 

そしてこのLet it goというフレーズ、イディオムとして辞書にも出てくる。意味は「そのままにしておく、放っておく/諦める」。

英語のドラマのどういう場面で使われるかというと、親しい人が腹を立てたり嫌な気持ちになっている時に、慰め、宥める意味を込めて言うのだ。

Let it go.と。

つまりレリゴーは、「放っとけよ/忘れろよ/水に流せ」という意味だ。間違っても「あなたはそのままでいい」という意味のつもりで言ってはいけない。喧嘩が起きかねない。

 

エルサは、日本語では「私はありのままでいい、このままで輝ける」と歌い、英語では「もう何もかもどうでもいい」と言い氷の城に引きこもる。

その後の展開を見るとわかるが、結果的にエルサはありのままでいることを許されなかった。

 

そう思うと、この映画の最後は何とも苦く感じられないだろうか。

 

人はそう簡単には変われないという話

昨年末からアメリカとイランの関係が、何度目かはわからないが、にわかにきな臭くなってきた。

普段、精神の健康を保つため経済ニュース以外あまり見ないので、アメリカがイランの革命防衛隊司令官を暗殺、という報道を聞いて映画か30年前の話をしているのかと思った。

湾岸戦争多国籍軍vsイラク)が勃発したのも1月中だったからだ。何で覚えているのかと言うと、その日が身内の誕生日だったからだ。しかも30年前だ。人というのは歴史から何も学んでいない。

その頃の私は、いつか取り返しのつかない戦争が起きて世界が滅びるのではないかと本気で怖がる子供だった。それは杞憂だと親に窘められるほどにだ。その時初めて杞憂という言葉を知った。昔、中国の杞の国の人が、いつか空が落ちてくるのではないかと憂いていたというのがその語源だと後で知った。

しかし30年後の今、あの頃の私の心配を杞憂だと笑える気は微塵もしない。

 

でも今日は中東情勢について書くのではない。でっかい主語としての人が簡単には変われないのはもちろんだが、今日書くのは極小の主語としての人、つまり私自身の話だ。

話はまた数十年前に遡るが、私は不登校児だった。

なぜ不登校児だったのかというと、理由は特にない。というか、思い出せない。いじめられていたわけではないというのだけは確かで、今考えると集団行動がとことん肌に合わなかったのであろうと推察する。

不登校の始まりはお腹が痛い、頭が痛いとか言って休み出したというありふれたもので、休む期間が延びるにつれ母親が私を脳外科や内科に連れ出し(あるいは私が望んだのかもしれない)、ありとあらゆる検査を受け、身体機能に微塵も問題がないとわかると、次に行く場所は心療内科になった。

しかし如何せん子供であったので、特に薬を処方されるとかはなく、心療内科医に話をして箱庭を作らされるとか、カウンセラーに会うなどした。

カウンセリングは、子供であったので親同伴の回もあったのだが、学校関係の仕事をしていた父がカウンセラーにひどく懐疑的だったこともあり、長くは通わなかった。その頃の父を責めることはしない。何せ数十年前で、スクールカウンセラーもほぼいない時代だった。

そんなわけで、心療内科やカウンセリングに行って次の週に学校に行けるようになりました、なんて魔法はなかった(大人になってから心療内科とカウンセリングには大いに助けられたことを付け加えたい)。

不登校期間中、平日は8時半くらいに起き、母が用意してくれた朝食を食べ、当時まだ珍しかったパソコンのワープロ機能で小説を書いたりテレビを見たり読書したりして母が用意してくれた昼食を食べ、帰宅した家族と夕食を食べ寝る、というある意味規則正しい生活をしていた。特に起床時間だ。8時半って何だ、早過ぎる。

土日は母と2人で県内の色んなところに行った。平日は引きこもっている(というか電車もバスもほぼ通っていないど田舎だったので外出不可)娘を、土日くらいは連れ出そうという母の思いがあったのだろうか。今考えると、平日フルタイムで働き家事も一手に引き受けていた母が、土日に不登校児の娘を連れて出かけていたというのは尊敬以外の何の感情も湧かない。

こう書くと父が何もしていないように聞こえるかもしれないが、私の不登校について理解を示したのは母より父の方が先であった。前述したように父は学校関係の仕事をしていた。というか両親とも学校関係の仕事をしていた。ただ父の方が生徒と接することが多い立場の役職だった。その父が、「嫌なら行かなくていい」と言ったのだ。立場上、自分の子供が不登校などと職場で知れたら外聞が悪かろうことは想像に難くないのだが、父は「義務教育と言うが、それは子供の義務じゃない。通わせる親の方の義務だ」と言った。今思えばそれは親に不利なのでは、と思うが、当時の私は自分を肯定された気がした。その時の父の勇気にも、尊敬以外の感情がない。

私の規則正しい不登校は、半年ほどで終わりを告げた。きっかけはわからないが、恐らく家でやることが無くなったのだろう。集団行動は嫌いだったが勉強は好きだったことに気付いたのかもしれない。

不登校中に遠方から転校してきた友人(偶然家も近かった)が下校後よく遊びに来てくれ、「学校行こうよ」と言ってくれたのも大きかったと思う。彼女とは数年前突然連絡が取れなくなったが、元気だろうか。まだ連絡先を削除できずにいる。

話が逸れた。「学校は人と馴れ合う場所ではなく勉強しに行くところ」という開き直りにより、私の不登校は終焉を告げた。あと受験に響くのが嫌だった。ど田舎だったので、下手すると保育園から中3まで同じメンツという縛りから抜け出して同窓生のいない高校に行きたかった。そんなわけで進学した高校には同窓生1人しかいなかったが、進路により早々にクラス分けされる学校だったので、同窓生と顔を合わせることもほぼなかったと思う。

 

ここまで書いて実はまだ本題に入っていない。前段が長過ぎるし、なんなら本題の方が文字数少ない。自分語りが過ぎる。しかしそれには理由がある。今思いついたんだけど。

さて、月日は流れ、私は知人から相談を受けた。知人の子供が不登校ぎみになり、どうしたらいいかという相談である。

聞けば、その子もある時から具合が悪いと言って学校を休み出したという。

カウンセリング施設を紹介してくれと言われたので伝手を使って探した。しかしその成果は芳しくなく、不登校期間は長引いた。

詳細はプライバシーに鑑みてこれ以上は書かないが、私が驚いたのは、その子に対する私の感情の揺れだった。

その子は、私の目から見てとても恵まれていた。保護者は教育に精いっぱい投資し、不登校になれば生活環境を整えるため家電を惜しみなく買い与えた。私もその手伝いなどをしたのだが、内心思っていた。甘やかし過ぎでは?と。

驚いた。フルタイムで働く母に朝食昼食を用意させ、休みの日には遊びに出かけ、父の職場の立場では決して好ましくないことを半年も続け、大学はよりによって私立に日米合わせて7年も行かせてもらった私が、そう思ったのである。甘やかし過ぎでは?と。

甘やかされていたのは、私も同じである。甘いというより、親の、精いっぱいのことを子供にしてあげたいという愛情を思う存分受けていた。

私は両親が出来るだけのことをしてくれて今の私になった。

ならば、件のその子の保護者たちが彼らの精いっぱいを以て為すこともまた、その子への愛情なのだ。だからその子は、あの頃の私なのだ。

数十年後の私が、あの頃の私に「お前は甘やかされ過ぎている」などと言ったら、あの頃の私はどうなったであろうか。

私には姉がいるが、もし逆の立場だったら、姉が不登校になったらきっと、親に「贔屓だ」と不満を述べたであろう。確信を持って言える。

私は、不登校の経験をしておきながら当事者に対する公平な客観視が出来ていなかったことに、その子が現れるまで気付かなかったのである。もともとそういう人間だったのだ。自覚した時、恐ろしくなった。

人はそう簡単には変われない。しかし、極小の主語である人であるところの私は、少しずつ、誤差の範囲内と思えるくらい少しずつなら、変われるかもしれない。

そう思いたい。