用例を踏まえて考えると、ヘンリーの言う “my affection comes with strings.”は、 「〈僕の身分からすると〉僕の愛情は『条件/ヒモ付き*2なしで』注がれるということはない」 という意味になる。字幕の「愛情もタダじゃない」、吹替の「相手もレベルが高くないとね」はここから来ているのではないか。 これは、その前の会話で、ヘンリーがアレックスの演説を素晴らしかったと褒めたことを引き合いに出していると思われる。 つまりヘンリーは、アレックスに対し 「自分ほど身分の高い者の愛情が欲しいなら、それを補って余りある何かしらの貢献をせよ」 と匂わせたわけだ(しつこいけどこれはジョーク)。
次にon stringsについてだが、こちらは複数形でなく単数形のon a stringの意味を見つけた。
hàve [kéep] a person on a [(米) the] string 人を陰で操る、人を言いなりにする
研究社『新英和大辞典第六版』より抜粋
アレックスはヘンリーのジョークに笑いながら、 “Oh, speaking of boyfriends on strings,” と返す。 これを辞書で調べた意味と、ヘンリーが言った言葉とを考え合わせると、 「ああ、裏から糸で引かれているボーイフレンドと言えば(後略)」 という意味になるだろう。 「ボーイフレンド」というのはこの後の展開から見てももちろんシャーンを指し、「裏から糸を引いている」のは前段のシーンからザハラだと思われる*3。 しかし、字幕にも吹替にも「糸を引かれている」ニュアンスは読み取れない。敢えて言うなら、字幕の「なら機密情報を提供する」の「機密情報」に当たるかもしれない。
ここは、訳出がとても難しい部分だと思う。 なぜならアレックスがSpeaking of(〜と言えば)という表現を使っていることから、ヘンリーの“my affection comes with strings.”のstringsから思いついて話していることは確かなのだが、この時のアレックスが言うことは、直前のヘンリーの言った内容と直接関係していなければならないわけでもないからだ*4。 しかしそれでも、ヘンリーの言葉に合わせた台詞回しにしなければならないのだから、翻訳者の方々には頭が下がる。
*3:アレックスがboyfriends on stringsと言ったのは、boyfriendsの中にシャーン以外に、ザハラの手腕により再会できたアレックスとヘンリー(ボーイフレンド同士なので)も含まれるかもしれない。stringsが複数形なのはboyfriendsが複数形なのでそれに合わせたのだろう。
ヘンリー:Because when they write the history of my life, I want it to include you, and my love for you. (字幕)いつか僕の伝記が出る時は 君もその一部に 僕の君への愛も (吹替)僕が生きてきた歴史が書かれるとしたら 君との愛についても 書いて欲しいから
ここでヘンリーが話す“they write the history of my life”のhistoryは、壮大な歴史というよりは個人的な来歴・経歴を指す。
また、この時の“they”は特定しない不特定多数の人々を指すので、“they write the history of my life”の訳は字幕では「僕の伝記が出る」、吹替は「僕の生きてきた歴史が書かれる」と訳出されている。ヘンリーの人生に関するものであるにも関わらず、そこにヘンリーの意志は介在しない。
ヘンリーがそう言った時、アレックスは一瞬目を伏せ、そのあと再び顔を上げて答える。
アレックス:History, huh? Bet we could make some. (字幕)歴史か 僕らなら作れる (吹替)僕たちで作ろう 歴史ってやつを
What was taken from us this week was our right to determine for ourselves how and when we should share our relationship and queer identities with the world. 今週、私たちが奪われたのは、二人の関係やクィアである自分たちのアイデンティティについて、世間にいつ、どのように公表するかを自分たちで決める権利です。
The truth is, every queer person has the right to come out on their own terms and on their own timelines. They also have the right to choose not to come out at all. 実を言えば、すべてのクィアには自らの意志で、自分なりのタイミングで公表する権利があります。全く公表しないことを選ぶ権利もあります。