『赤と白とロイヤルブルー』 古典的なラブストーリーで紡ぐ新しい時代の希望【ネタバレ感想】

プライムビデオで配信中の、『赤と白とロイヤルブルー』*1に夢中だ。

原作は2019年に出版されたケイシー・マクイストンの『Red, White & Royal Blue』。邦訳(2021年発行)もある。*2

アメリカ合衆国初の女性大統領(もちろん民主党だ)の息子であり、ヒスパニック系の血を引くアレックス・クレアモント=ディアスと、イギリスの王子ヘンリーとのラブストーリーが軸なのだが、実は合衆国大統領選も絡んだポリティカルサスペンスの要素も含んでいる。

原作に色濃い大統領選を巡る駆け引きは、プライムビデオ版では幾分か薄れ、アレックスとヘンリーの関係にスポットが当てられている。

いがみ合う大国の君主の子供たちが、ある事件をきっかけに距離を縮め、恋に落ちるという、設定としてはおとぎ話のようでもあるし、ラブストーリーの王道を行っているようでもある。

アメリカ合衆国大統領の息子と、超保守的なイギリス王室の王子という立場。
アレックスは自分の母親で現大統領のエレン・クレアモントが二期目を狙う大統領選を控えている。ヘンリーは自分の性的アイデンティティを王室のほとんどの人間から無視されている。
そして当然ながら、二人とも世界中に名を知られた公人であり、スキャンダルは許されない。

自分たちの置かれた立場の重要性や違いを知りながらも互いに惹かれ合うのを止められない、というのは『トリスタンとイゾルデ*3や『ロミオとジュリエット』あたりからさんざん使われてきた設定ではあるだろう。
しかし、その二人が男同士であることが2020年(劇中のタイムライン)ならではだと思う。

そして、ここが重要なのだが、この作品は同性愛を“禁じられた関係”として描いてはいない。

主役の二人は、好きになった相手が男だったからと言って苦悩したりはしない。

アレックスは、ヘンリーにキスされるまで自分がバイセクシャルだという明確な自覚はなかったが、キスされたことに苦悩や嫌悪感を抱くどころか、舞い上がる。
彼はそんな自分に戸惑い、副大統領の孫であり親友であるノーラに、ヘンリーにキスされたことを打ち明ける。そのトーンは、(性差別的ではないかという誹りを免れないかもしれないが)ティーンエイジャーの女の子たちがお泊まり会で好きな人のことについて話し合う時のような、ときめきと照れ臭さに満ちている。

アレックスは、ヘンリーと少々強引に愛を確かめ合い、秘密裏に逢瀬を重ねるようになる。

大統領補佐官のザハラに二人の関係がバレた時、ザハラはアレックスの相手がヘンリーだと知って呼吸困難に陥りかけるほど驚き、激怒するが、それはヘンリーが男性だからではなく、アレックスの母親の選挙運動中にマスコミに囲まれたホテルで大統領の息子がイギリスの王子と一夜を共にしていたからである。

アレックスはそのあとすぐに、男性の恋人が出来たこと、そして相手がヘンリーであることを母親(であり合衆国大統領)のエレンに告白する。

その時も、エレンは息子の恋人が男性であることより、イギリスの王子であることに驚くのだ。

少なくともアレックスの周囲では、アレックスの性的指向が何であろうと禁忌としては扱われない。

それどころかエレンは、アレックスに男性同士のセーフセックスの仕方まで説明しようとして(原作ではエレンがパワーポイントを使用して延々と説明して)、却ってアレックスが居心地の悪い思いをするほどだ。

この清々しさは衝撃だった。

私がここまで、悲恋や苦悩や禁忌などと並べたてるのは、今まで観てきた同性同士の恋愛や同性愛者の登場人物を描いた欧米の作品の中で、幸せなトーンだったりハッピーエンドだったりしたものが極端に少ないからだ。
愛し合っていたのに時代が許さず別れたり、別れても慕い合っていたのに片方が死んだり、恋心を打ち明けられないまま死んだり、恋心を打ち明けたら拒まれたり、同性の恋人が死んだところから話がスタートしたり、挙げ句の果てに逮捕されたり。
どれがどの映画だとは言えないが、前述の展開は全部見たし、全部つらかった。
これらの悲劇は、同性愛者であることを周りが許さないか、周りと同じでない(=異性愛者ではない)自分を許せないかの2択、あるいはその両方が合わさって起きる。

そうした悲劇の断片は、王室という特殊な環境で、自分がゲイであることを自覚しながらそれを抑圧せざるを得ずに育ったヘンリーに時折垣間見られる。

劇中の後半、アレックスとヘンリーの関係が悪意によって公に暴露されてしまう(この展開は原作においても映画においてもとてもつらいのだが、個人的に原作と映画どちらについても抱く大きな不満が、アウティングした側がその後何かしらのペナルティを受けたかの描写がないところだ。アウティングした側のやつは公的にどつき回されて欲しかった)。

結果的にアレックスが大統領府でヘンリーとの関係について会見を行った時の声明文には、アウティングに対する静かな怒りが表れている。

(前略)

What was taken from us this week was our right to determine for ourselves how and when we should share our relationship and queer identities with the world.
今週、私たちが奪われたのは、二人の関係やクィアである自分たちのアイデンティティについて、世間にいつ、どのように公表するかを自分たちで決める権利です。

The truth is, every queer person has the right to come out on their own terms and on their own timelines. They also have the right to choose not to come out at all.
実を言えば、すべてのクィアには自らの意志で、自分なりのタイミングで公表する権利があります。全く公表しないことを選ぶ権利もあります。

(後略)

※英語字幕はPrime Video『赤と白とロイヤルブルー』より、日本語は拙訳。全文翻訳はこちら→https://privatter.net/p/10456333

この暴露によりヘンリーは、アレックスと共に祖父であるイギリス国王ジェームズ3世(原作では祖母のメアリー女王)と対峙することになる。
この時、劇中では初めて、ジェームズ3世その人*4により同性愛者に対する偏見と拒否が明確に示される。
そしてその時、ヘンリーは恐らく生まれて初めて国王に立ち向かい、それをイギリス国民が後押しするのである。


ヘンリーがジェームズ3世と対峙するのは09:33あたりから(クリックすると当該シーンから再生されます)

上手く行き過ぎだろうか、それともご都合主義だと言われるだろうか?
それでも、愛し合う二人が共に過ごすこと、そして他人がそれを妨げたり口出しをしたりしない世の中が来て欲しい、と望むのは我儘ではないと思う。

劇中終盤ではアメリカ合衆国大統領選が描かれ、対立候補と大接戦の中、アレックスは自分のせいで母親を落選させてしまうのではと不安に駆られる。ヘンリーはそんなアレックスのそばにいて声をかけ、アレックスから笑顔を引き出す。
それまで、アレックスが引っ張っていたように見えた二人の関係が、実はケアし合っていたのだとわかるのがとても良い。

そして大統領選はエレンが再選するのだ。しかも自分の故郷であり、長年共和党を支持してきたテキサス州を獲得して*5
この展開は、2016年に共和党候補であったドナルド・トランプが大統領になり、アメリカ国内の分断を深めた現実を思うと、作者の切実な願いが伝わってくるような気すらする。

アレックスとヘンリーは、互いへの気持ちを抑えることはしないと決めた時、全てを失う覚悟をするが、結果的に二人は何も失うことはなく、そのラストシーンは幸せに満ちている。

前述のアレックスの声明の一部を思い出す。

(前略)

I fell love in with a person who happens to be a man, and that man happens to a prince.
私が恋に落ちた相手はたまたま男性で、彼はたまたま王子でした。

(後略)

※英語字幕はPrime Video『赤と白とロイヤルブルー』より、日本語は拙訳。全文翻訳はこちら→https://privatter.net/p/10456333

LGBTQ+であることは禁忌ではない、あなたのその思いは道ならぬ恋ではない。
それが当然の権利だと言う、新しい時代への力強いメッセージに思えて仕方がない。

 

*1:視聴年齢制限は16+、つまりR15とされているので注意。

*2:ジャンルとしてはYA(ヤングアダルト)向け小説に当たるのか、映画ほどではないにしても原作にも性描写はあるのでやっぱり注意。

*3:ロミオとジュリエット』の元ネタだとどこかで読んだがwikiには記述がなかった。

*4:ジェームズ3世を演じたのは、オープンリーゲイのイギリス人俳優、スティーブン・フライである。この捻ったキャスティングがすごい。

*5:この辺りの展開は映画にもあるが、原作だとそのことがいかに困難なことかが語られている。