プライムビデオで配信中の『赤と白とロイヤルブルー』に夢中だという記事を書いた。
というか、そもそもこの記事のタイトルで映画の紹介も…と思って書いていたら紹介の分量がどんどん増えてしまい、感想記事にシフトすることになった。
そういうわけで『赤と白とロイヤルブルー』について書きたいことはだいたい前の記事に詰め込んで気が済んだし、この記事を読んでいる方は映画を鑑賞済みだという前提で、ネタバレを大いに含む本題に入ろうと思う(未鑑賞の方には恐らく何のことかわからないと思うのでここから、もしくはこの記事の末尾のリンクからプライムビデオでご覧ください)。
以下、大いにネタバレです。
Well-behaved enemies-to-lovers rarely make history. pic.twitter.com/t8vVfq2uty
— Prime Video (@PrimeVideo) 2023年10月7日
映画を英語音声で観た方なら、このシーンと台詞にピンと来るのではないだろうか。
↑原作(アメリカ版コレクターズエディション)のカバーを取ると表裏表紙がこう
原作ではこの台詞は広く世間の耳目に触れられることになり、それがあるムーブメントを巻き起こすのだが、映画化にあたってはアレックスとヘンリーの関係が強く結ばれるシーンで使われている。
自分の性的アイデンテティをひた隠しにして、遅かれ早かれ王室の繁栄のために女性と結婚し子どもをもうけることを暗黙の了解としてきたヘンリーだが、アレックスに心情を吐露され、二人の関係が後戻りできないところまで行ってしまうのを恐れてアレックスの前から姿を消し、音信を断つ。
愛する人に愛していると言うことにすら怯えるヘンリーのもとにアレックスは海を越えて押しかけ、顔を合わせて「この関係が終わりなら、理由を教えてくれ」と迫る。
ヘンリーは王室に生まれた自分に課せられた運命を並べ立て、アレックスを拒むが、最後にアレックスに「僕に消えて欲しいなら君の口からそう言え」と言われた時、どうしてもそのひと言は言えない。
ヘンリーは亡き父との思い出の場所にアレックスを連れて行き、「いつかこの場所に愛する男性を連れてきて、一緒にダンスをするのが夢だった」と言う。
その夢を叶えてくれたアレックスに、ヘンリーは自分に課せられた運命に立ち向かうことを誓う。
(クリックすると当該シーンから再生されます)
02:40〜の英語音声の書き起こし。
ヘンリー: Because when they write the history of my life, I want it to include you, and my love for you.
アレックス: History, huh? Bet we could make some.
このシーンで、ヘンリーが言うhistoryとアレックスの言うhistoryでは、意味が異なっているのが興味深いと感じた。
初めて観てから2か月以上このことについて噛みしめていたが、まだずっと噛んでいられるので書いてみる。
まず、辞書からhistoryの意味をざっくりと。
his・to・ry (名)
1. U 歴史; [複合語で]…史; (歴)史学, (学科としての)歴史
2. C [通例a/one's ~](人などの)経歴, 履歴; 前科; [医]病歴; U 沿革, 来歴
上記の意味はまた後で戻って見ることもできるし忘れていただいでもこの先多分支障はない。
ということで、ヘンリーの方から見て行こう。
プライムビデオの日本語字幕および吹替では、以下のように訳されている。
ヘンリー:Because when they write the history of my life, I want it to include you, and my love for you.
(字幕)いつか僕の伝記が出る時は 君もその一部に 僕の君への愛も
(吹替)僕が生きてきた歴史が書かれるとしたら 君との愛についても 書いて欲しいから
ここでヘンリーが話す“they write the history of my life”のhistoryは、壮大な歴史というよりは個人的な来歴・経歴を指す。
そしてこの台詞は、彼が王子であることと大いに関係がある。イギリス王室に生まれた者は全員、恐らく例外なくその生涯が何かしらの形で公的に記されるはずだからだ。
また、この時の“they”は特定しない不特定多数の人々を指すので、“they write the history of my life”の訳は字幕では「僕の伝記が出る」、吹替は「僕の生きてきた歴史が書かれる」と訳出されている。ヘンリーの人生に関するものであるにも関わらず、そこにヘンリーの意志は介在しない。
ヘンリーがそう言った時、アレックスは一瞬目を伏せ、そのあと再び顔を上げて答える。
アレックス:History, huh? Bet we could make some.
(字幕)歴史か 僕らなら作れる
(吹替)僕たちで作ろう 歴史ってやつを
アレックスはまず、“History, huh?”(歴史だって?)と笑顔を見せる。
続けた“Bet we could make some.”のsomeの後ろにはhistoryが省略されており、不可算名詞のhistoryには文字通りの人類の歴史という意味がある。
で、一旦、“Bet we could make some history.”としてみよう。
すると“make history”という成句が見えてくる。これは、「歴史的な偉業を成し遂げる」「歴史を変える」という意味だ(上に引用したプライムビデオ公式の投稿にもその表記がある)。
つまりアレックスは“History, huh?”と言った時点で、ヘンリーが言ったhistoryとは違う意味のhistoryに思い当たっていたのだと思う。
しかも主語は“we”であり、字幕・吹替共に、語順は違えど「僕たちなら歴史を作れる」となっている。この時、言うまでもなく「歴史を作る」のはアレックスとヘンリーを指している。
ヘンリーがhistoryを「他者に書かれる」個人的な伝記などを指して言ったのを受けて、アレックスは敢えてhistoryを「自分たちで塗り替えていける」人類の歴史の1ページだと言い直したのだ。
それは、この先どんな困難があろうと二人で乗り越えていける、という意味だったのではないだろうか。
原作では、アレックスとヘンリーを支持する人々が、“History, huh?”の文字がプリントされたTシャツを自主的に作り、身に着ける描写がある。
映画には残念ながらそのシーンはないのだが、今ものすごく、そのTシャツが着たい。