【映画で学ぶ英語】inがあるかないかで大違い〜『007/スペクター』編

inのあるなしで意味が異なる英語シリーズ、続いた。

ちなみに前回の記事が、個人的にこのブログ最高閲覧数を叩き出してやや戸惑ったが、多くの方に読んでいただけたなら大変嬉しく、ありがたい。

で、今回は、2015年公開の映画、007/スペクターだ。

007シリーズは、言わずと知れたスパイ映画である。

007ことジェームズ・ボンドはイギリス諜報機関MI6所属のスパイであり、MI6には諜報活動のためにさまざまな装備を開発する部署がある。それが武器開発係(Quartermaster)であるQ課(Q-branch)で、そのトップにいる課長は端的にQと呼ばれる。

ここで、趣味の話をさせて欲しい。
007映画を観る時、ボンドとQの掛け合いがひとつの楽しみなのだが、5代目のピアース・ブロスナンまで、Qは常にボンドより年上か、あるいは同年代の、いつもスーツとネクタイを着けたいわゆる英国紳士然とした“おじさん”だった。
しかし、2012年に公開された007/スカイフォールで、ボンド(ダニエル・クレイグ)の前に姿を見せたQは、髪は起きたてのようにラフで、サイズの大きなコートを羽織り、縁の太い眼鏡をかけ、何よりボンドより10歳は若そうなひょろりとした青年だった。
ミレニアル世代を体現する、新しいQ(ベン・ウィショー)だ。

Qは、ボンドに初めて会った時、その若さ故に見縊られるが、PCがあれば朝の紅茶を飲む前に(さすがイギリス!)パジャマ姿でスパイに勝てる、と嘯く。感情表現は控えめで、マイペースだが割と計算高い
そういうQが、私はとても好きだ。演じているベン・ウィショーがまた素晴らしく、超然としながらどこか抜けているQを演じている。

さて、趣味の話はこれくらいにして、本題に入ろう。
Qから支給される最先端の武器や、最先端の武器を積んだ最高級の自動車などを、ボンドが完膚なきまでに大破させるのがこの映画シリーズのお約束である*1

そしてそれは007/スペクターでも変わらない。

Qは、ボンドから返された車の残骸を眺め、無事なのはハンドルくらい、とぼやきながら、

I believe I said ‘Bring back in one piece’, not ‘Bring back one piece’.

と言い、自分で自分の言ったことに笑ってしまう。
字幕と吹替の訳文(いずれもAmazon Prime Videoより)は以下。

字幕:“無キズ”と言ったのに これじゃ全身キズだらけ

吹替:“無キズ”で戻して欲しいと言ったのに、“剥き身”で戻すとはね

要するに自分でジョークを言っておいて自分で笑ったのだが、英語から日本語にした時の苦労が伺える。

英語の台詞をもう1度見てみよう。下線のある部分に注目して欲しい。

I believe I said ‘Bring back in one piece’, not ‘Bring back one piece’.

in one pieceone pieceで言葉遊びをしているようである。
前者を辞書で引いてみる。

(all) in one piece (くだけて)(事故・危険の後でも)無傷で, 無事で. 

三省堂ウィズダム英和辞典 第3版』)

in one pieceは、「欠けることなくそのままの状態」という意味だとわかる。
そして後者のone pieceだが、これは単なる「ひとつの部品(あるいはパーツ)」という意味で、ここでは唯一無事だったハンドルを指すと思われる。

で、英語の言葉遊びを(翻訳は無視して)そのまま訳すと、以下のようになる。

僕は、無傷で(in one piece)戻してくれと言ったはずです。パーツ1個(one piece)を戻してくれと言ったんじゃない。(※拙訳)

inが付くか否かで車1台と部品1つという全く異なる意味を持つことから、いつも備品を壊されて戻されるQにとって渾身のジョークだったのかもしれない。

ボンドが少しも笑っていないので、それほど上手いジョークではないのかもしれない*2が、ちょっとズレたジョークを放って自分で笑ってるQがとても好き、という話でした。

 




*1:スカイフォール劇中でボンドと初対面の時に渡したワルサーPPK/Sですら、Qは「壊さずに返して」と言う。無傷で返したかどうかは忘れた。

*2:改めて動画を見たら、Qの後ろに立つタナー(幕僚長)がややウケしていた。ボンドの笑いのツボの方が問題なのか?