常に半ドア。

ドアなんてちゃんと閉めなくていいから走ったらええんや(運転中は閉めろ)

映画で学ぶ英語:時制で深読みしてみよう【コードネームU.N.C.L.E.編④】

このブログ記事、もともと【英語やり直し】というシリーズで書こうと思っていた。あるのだ、そういうシリーズが。そのシリーズも続けばいいな。

 

しかし先日この記事を読んで、時制について書こうとしていたことを思い出した。

gendai.ismedia.jp


そして思い出した後、思いついた。

時制について語りたいシーンがコードネームU.N.C.L.E.にあったな、と。 

もうコードネームU.N.C.L.E.の脚本引っ張り出して読んどけ、と思われたかもしれない。出来るならやってる。どこかに売ってませんか、コードネームU.N.C.L.E.の脚本。

ちなみにコードネームU.N.C.L.E.の名前を連発したけど、書いてたら途中がまあまあ長くなってしまった。

 

さて、前述した記事にもあるように、日本語に時制の概念がないので、日本人は時制に苦労すると言われる。逆に英語話者にとってはどうか、と言えば、映画ではないがアメリカの連続ドラマで面白い一幕がある。

アメリカのシットコムの金字塔、ビッグバンセオリー。 

www.netflix.com

コミュニケーション能力が破綻しているが理論物理学の天才シェルドンと、そのルームメイトで実験物理学者のレナードは、両方ともアメコミやハリウッドのエンターテインメント系映画のオタクである。そんな彼らの部屋の向かいに金髪の可愛い女の子ペニーが引っ越してきて、レナードが彼女にひと目惚れしてしまい…というところからシーズンは12まで続いた。

で、ピックアップしたいのはシーズン8の第5話。シェルドンとレナード、オタク仲間であり仕事仲間のハワードとラージの4人は、ひょんなことから映画バックトゥザフューチャーPart.2のタイムパラドックスについて論争になる。  

 バックトゥザフューチャーは、言わずと知れたタイムトラベルSF映画である。

映画について話すと主題まで永遠に辿り着かないので詳細は省くが、以下の会話は、バックトゥザフューチャーPart.2劇中でビフ(Biff)という名前のいじめっ子が、主役のマーティとドクのタイムマシンを利用して過去に行って若い頃の自分にスポーツ年鑑を渡したことによりスポーツ賭博でボロ儲けしたことついてのタイムパラドックスを論じている。

レナード:Because it wasn't until his 21st birthday that 1995 Biff placed his first bet.(ビフが競馬で賭けたのは1958年の誕生日だからだ)

シェルドン:Whoa. Is "placed" right?("賭けた"でいいの?)


レナード:What do you mean?(何が?)


シェルドン:Is "placed" the right tense for something that would have happened in the future of a past that was affected by something from the future?(過去形で言ったけど、未来に干渉された過去における仮定未来の話だ)


レナード:"Had will have placed"?("賭けたであろうかった"?)


シェルドン:That's my boy.(よろしい)

ちなみに括弧内の日本語は字幕からだが、シェルドンの長い台詞を直訳してみると「未来から来た何かによって影響を受けた過去の未来で起きるであろう出来事に使うのに過去形って時制として正しい?」と言っている。

このドラマではシェルドンが飛び抜けて変人だが、周りの3人もそこそこの変人であり、中でもシェルドンと長年ルームシェアしてきたレナードなので、怪訝そうな顔をしながらも「賭けたであろうかった?」という和訳も難しい過去完了仮定未来(今でっち上げた)で答えている。

もちろんアメリカ人もこんな使い方はしない。このシーンのハワードの当惑ぶりを見ればそれは明らかであり、インド出身のラージに至っては何も聞いてない。

ドラマの中でこの話題はあと少し続くのだが、今回はこの辺にする(観たい方はNetflixあるいはAmazonプライムでどうぞ)。

着目したいのは、このドラマが、シェルドンがタイムパラドックスの説明で異常に時制を気にすることを笑いとして扱った点である。

英語話者である視聴者たちが、シェルドンの時制への行き過ぎたこだわりを笑えるほど、時制について忠実であろうとすることが常識である、ということだ。

日本語だったら笑いにならないだろう。

 

さて、以上を踏まえてコードネームU.N.C.L.E.である。映画についての説明は以下の記事を読んでいただけるとありがたい。

titlacauan.hatenablog.com

何やかやあってラスト間近のシーン。

イリヤ・クリヤキンは上司からの電話で命令を受け、ナポレオン・ソロの部屋へ向かう。

ソロは帰り支度中だ。イリヤの様子がおかしいが、ソロは気付かない振りをする。イリヤが命令を実行しようとした時、ソロも覚悟を決めようとするが、次の瞬間イリヤにあるものを投げて渡す。(映画の伏線的なものなので伏せる)

 

イリヤは驚き、戸惑いながら言う。

"You know what my mission is?"(俺の任務は…)

するとソロはこう答える。

"Same as mine was."(俺と同じ)

 

日本語の字幕も吹替も同じ文言なので、時制はほぼわからないが、原語に注目してみよう。

イリヤ"my mission is"と現在形で言っているのに対し、ソロは"mine was"と過去形を使っている。(mineはこの場合my missionの所有代名詞)

2人はそれぞれKGBとCIAの上司から、全く同じ任務を課せられた。そしてイリヤは少なくとも前記のセリフを言った時、任務をまだ遂行するつもりでいた。

しかし翻ってソロは、過去形を使って言ったのである。英語ネイティブのソロが、時制を間違えるはずはない。

つまりソロは、一瞬の逡巡はしたが、あの瞬間に上司の命令を無視することを決めた。そのことがあのわずかなセリフから深読みできるのだ。

初めて時制がありがたい、と思った瞬間である。

 

isとwasだけを書いてタイトルに時制の文字を入れるのもおこがましい気がしたが、本当に人生で初めて時制がありがたいと思った瞬間だったので許してほしい。 

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