前回に引き続き、『赤と白とロイヤルブルー』からの記事である。
何故こんなに頻繁に面白いところが見つかるのだろう、と思っていたが、プライムビデオ独占配信ということもあり、字幕と音声を自由に選ばせてくれるからなのかもしれない。英語字幕、英語音声、日本語字幕、日本語吹替を反復横跳びできるのは楽しい。
例によってここから先はネタバレ全開なのでご容赦いただきたい。
以下、大いにネタバレです。
劇中後半、アレックスとヘンリーの関係が公になり、アメリカ大統領府とイギリス王室が対応に追われるあいだ、二人は連絡することすら許されなくなる。
しかしザハラの計らいでアレックスがロンドンへ飛び、ヘンリーと再会を果たす。
アレックスが大統領府で行なった演説をヘンリーは「素晴らしかった」と言い、「君の恋人であることが誇らしい(I’m proud that I’m your boyfriend.)」と続ける。
それを受けてアレックスも「僕だって君の恋人で誇らしいよ」と返す。
(クリックすると当該シーンから再生されます)
以下、02:30辺りからのヘンリーとアレックスがジョーク混じりにする会話。
ヘンリー:Oh, sorry. I’m white and upper-class, so my affection comes with strings.
(字幕)上流階級の白人だから 愛情もタダじゃない
(吹替)僕は上流社会の白人だから 相手もレベルが高くないとねアレックス:Oh, speaking of boyfriends on strings, you’ll never know who Shaan is dating.
(字幕)なら機密情報を提供する シャーンに恋人がいる
(吹替)そうだ レベルの高い恋人といえば シャーンはすごいのと付き合ってる
stringsって何…?
どうやらwith stringsとon stringsのあいだで言葉遊びがされているようなのだが、字幕でも吹替でも二人が言葉遊びをしているということが優先され、それぞれ訳が微妙に異なる*1。
で、辞書で調べまくったら、次のような意味が出てきた。
まずwith stringsについて。
string(名)
(中略)
8《通例 strings》(援助・提案・協定などにつける)付帯条件、「ひも」:
◆a generous offer with no strings attached[=without strings] 付帯条件のいっさいない寛大な申し出
用例を踏まえて考えると、ヘンリーの言う
“my affection comes with strings.”は、
「〈僕の身分からすると〉僕の愛情は『条件/ヒモ付き*2なしで』注がれるということはない」
という意味になる。字幕の「愛情もタダじゃない」、吹替の「相手もレベルが高くないとね」はここから来ているのではないか。
これは、その前の会話で、ヘンリーがアレックスの演説を素晴らしかったと褒めたことを引き合いに出していると思われる。
つまりヘンリーは、アレックスに対し
「自分ほど身分の高い者の愛情が欲しいなら、それを補って余りある何かしらの貢献をせよ」
と匂わせたわけだ(しつこいけどこれはジョーク)。
次にon stringsについてだが、こちらは複数形でなく単数形のon a stringの意味を見つけた。
hàve [kéep] a person on a [(米) the] string
人を陰で操る、人を言いなりにする研究社『新英和大辞典第六版』より抜粋
アレックスはヘンリーのジョークに笑いながら、
“Oh, speaking of boyfriends on strings,”
と返す。
これを辞書で調べた意味と、ヘンリーが言った言葉とを考え合わせると、
「ああ、裏から糸で引かれているボーイフレンドと言えば(後略)」
という意味になるだろう。
「ボーイフレンド」というのはこの後の展開から見てももちろんシャーンを指し、「裏から糸を引いている」のは前段のシーンからザハラだと思われる*3。
しかし、字幕にも吹替にも「糸を引かれている」ニュアンスは読み取れない。敢えて言うなら、字幕の「なら機密情報を提供する」の「機密情報」に当たるかもしれない。
ここは、訳出がとても難しい部分だと思う。
なぜならアレックスがSpeaking of(〜と言えば)という表現を使っていることから、ヘンリーの“my affection comes with strings.”のstringsから思いついて話していることは確かなのだが、この時のアレックスが言うことは、直前のヘンリーの言った内容と直接関係していなければならないわけでもないからだ*4。
しかしそれでも、ヘンリーの言葉に合わせた台詞回しにしなければならないのだから、翻訳者の方々には頭が下がる。
最後に、私なりに二人の会話を訳したものを置いて終わりとしたい。もちろん、字幕の文字数制限や吹替の秒数制限など無視すれば、プロの翻訳者ならもっと適した訳が可能だろう。
ヘンリー:Oh, sorry. I’m white and upper-class, so my affection comes with strings.
(意訳)ああ、すまない。僕は白人で上流階級の人間だから、相手は僕の身分に釣り合う人でないと。アレックス:Oh, speaking of boyfriends on strings, you’ll never know who Shaan is dating.
(意訳)釣り糸で操られてる恋人といえば、シャーンが誰と付き合ってるか知らないだろ。
いややっぱりめっちゃ難しい。
翻訳者の方々本当にお疲れ様です、という気持ちになった。
summer of firstprince #RWRBMovie pic.twitter.com/adxwutK8LI
— Red, White & Royal Blue on Prime (@RWRBonPrime) August 31, 2023
*1:誤解を招きたくないので書いておくと、字幕と吹替が間違っているということではない。むしろ限られた文字数・秒数でこれだけテンポの良いやり取りを完成させた翻訳者の方々はさすがプロだと思う(何様?)。
*2:そもそも「ヒモ付き」の日本語の意味を知らなかったのだが、デジタル大辞泉によれば『金銭その他の援助を受ける際に、ある引き替え条件がついていること』という意味。この慣用句が英語でもほぼ同じ意味で使われていることにも驚いた。
*3:アレックスがboyfriends on stringsと言ったのは、boyfriendsの中にシャーン以外に、ザハラの手腕により再会できたアレックスとヘンリー(ボーイフレンド同士なので)も含まれるかもしれない。stringsが複数形なのはboyfriendsが複数形なのでそれに合わせたのだろう。
*4:日本語でも会話の途中で相手の言ったことを引き取って「〇〇と言えばさぁ…」とまるで関係のない話をすることがあると思う。Speaking of〜はそういう時に使える。