『暗殺者たちに口紅を』女性であることに瑕疵はひとつもない【ネタバレなし感想】

ここ最近、女性が主役の翻訳小説をよく読むようになった。
それもメインキャラクターひとりが女性なのではなく、脇を固めるのも女性という作品。

そして、今まで観たり読んだりしてきたあらゆる作品がいかに男性中心だったか、女性がメインでは成り立たないのではないかと思わされていたことに気が付いた。

最近読んだ女性メインの作品の中でも最も気に入ったのが、『暗殺者たちに口紅を』だ。


『暗殺者たちに口紅を』のあらすじは、こう始まる。

「60歳の女性暗殺者4人」

これだけで、私はこの本を読むと決めていた。壮年の女性たちが暗殺者、と読んで思い出したのは映画『ガンパウダー・ミルクシェイク』だった。しかし、『暗殺者たちに口紅を』の主役は若い女性ではない。
これから読まれる方の楽しみを奪うのは本意ではないので、これ以上内容については詳しく書かないが、あらすじはこう続く。

「古巣の暗殺組織に命を狙われた4人は、生き残り、平穏な生活を取り戻せるか?」

ワクワクしないわけがなかったし、私はとても楽しく読んだ。清々しい読後感だった。

そして解説を読み始め、ある一文にハッとした。 

主人公は暗殺者──そう聞いて、相変わらず大人気の『暗殺者グレイマン』(マーク・グリーニー著)などを想起された方がいらっしゃるかもしれないが、少しばかり違う。

グレイマン』というと、Netflixでも映画化され*1、現在も刊行されているハードボイルドものの小説シリーズだ。少なくとも私が読んだ第1巻は、刊行された2010年代初め頃の時代観に則したものだった。
当然のようにタフな男性暗殺者が主役で、主役が助けを求める相手も男性で、女性の存在は矮小化され、登場したとしてもあくまでサポート役として、それも恐怖に震えながら退場するという扱い。
確かに、主役が暗殺者(たち)であるという共通点以外、似たところはない。
むしろ『暗殺者たちに口紅を』を語る時に、『グレイマン』が引用されたことに驚いた。

しかし実際、『暗殺者たちに口紅を』のようなストーリーの男性版は数え切れないほどある。
盛りを過ぎた暗殺者たちが繰り広げるストーリーは、映画『RED』を彷彿とさせるし、『エクスペンダブルズ』も彷彿とさせる。
『グレイマン』のような、工作員を引退したり組織を追われたりした元暗殺者の主役(男)が何かの拍子に昔取った杵柄で大活躍する作品というと、『ジョン・ウィック』、『イコライザー』、『96時間』など、もう枚挙に暇がない。
このジャンルはずっとそこにあったのだ、メインキャラクターを全員壮年の女性にしたバージョンがなかっただけで。
そして、『暗殺者たちに口紅を』に心が躍った私は、ずっとこういう物語が欲しかったのだと気付いた。

ちなみに、『グレイマン』と対比できそうなのが、同じくNetflixで映画化された『ハート・オブ・ストーン』だ。
主演はガル・ガドットで、「女性ならではのしなやかさ」みたいな形容にはハマらない、「女であることを武器に」することも1秒もないタフな工作員を演じている。
主要キャラクターにも女性が多く、むしろ男性が脇に回っているのだが、それがまったく不自然さを感じさせない。
時代は確実に変わっているのだと思わせてくれる。

『暗殺者たちに口紅を』の作者ディアナ・レイバーンは、謝辞の最後にこう書いている。

性自認が女性で、憤るすべての人に。わたしもおなじです。これはあなたの本です。

男だらけの絵面に少し変化をもたらすためだけにいるのではなく、誰かをサポートするだけの役に回るのでもなく、虐げられ見くびられるためだけの存在でもない。
声を上げ、手を上げて、女性は主役たりうるのだと、ずっと主役であるべきだったし、これからもそうなのだと声高に叫ぶ。
そんな物語がもっと綴られていくべきだ。

すべての女性たちにとって、灯台のような作品がいくつも増えていくことを願わずにいられない。

 

*1:映画化されたNetflix版はいくらか女性の比率が上がっていたが、そもそも原作とNetflix版のストーリーが違いすぎて驚く。