子供の頃、近所に猛獣がいた話

先日帰省した折、両親と姉と話していて、ふと子供の頃の話題になった。

昔、姉と私にとって、親の同伴なしで遊べる範囲というのは近所に限定されていた。交通量の多い道路の手前まで、とか、通りを何本か行った〇〇さんちまで、とかいうふうに。
そしてその範囲内に、公園はなかった。もしあったら恐らくもう少し記憶に残っているはずだが、私の記憶にあるのは、よく遊んだ神社の境内だけだ。狛犬に跨ったらひどく怒られたからである。いつの間にか、「狛犬に跨ると、狛犬の目から血の涙が流れ、町全体が沈没する」というストーリーを誰かから吹き込まれ、信じていた時期があった*1*2

そんなわけだから、私たちは必然的に遊び場を近所に見出していた。自宅の前の道端や友達の家、車のない駐車場などは言うまでもないが、その中にバブルの頃の儲けで建てたという豪邸*3や、庭に鯉の泳ぐ池があるが石塀で見えない家、また正体不明の生き物を飼っている家などがあった。

豪邸の周りには棘のある生垣が張り巡らされ、敷地に入り込んだ際に姉が棘で怪我をしたことは親の記憶にも今だに強烈に残っているようであった。しかし自分の子供が人様の家に入り込んだということより、子供が怪我をした事実の方が上回っているらしい。大らかというか何というか。

石塀に囲まれた鯉の池の方は、塀の装飾で穴が空いている箇所があり、そこから鯉が見えやしないかと必死に覗いた記憶がある。それも一度や二度ではない。毎日だ。
近所の子供が毎日、自分の家の塀から庭を覗く。はっきり言って鬱陶しい。よく怒られなかったものだ。

そして正体不明の生き物の家だが、これは件の豪邸の向かいにあった。そこの住人が時々、その生き物と出かけることがあるというが、目撃することは稀だった。しかし私たちは、その生き物の見た目がどんなものか知っていた。玄関に、子供には読めない文字が書かれたプレートと共に、例の生き物の顔の絵が貼られていたからである。

その異様な姿と言ったら、こんなふうである。
黄味がかった茶色の豊かな毛をふさふさと生やした丸い顔、毛に埋もれてほぼ見えない目、小さな丸い耳、短めの鼻に、若干垂れ気味の大きな口。
そして、どこから流れてきたのか今となっては謎だが、とても大きい生き物だという噂。

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(↑チュパカブラでなかったことだけはハッキリしている。サムネイル画像用に貼ってみただけ)

今ならあのプレートに書かれた文字も読めるし、十中八九こう書いてあっただろうという推測も出来る。

 

『猛犬注意』

 

犬だという噂は当時からあったのである。
しかしその絵姿は子供だった私たちの知る、三角の耳と長い鼻先を持つ犬とは全く異なっていた。今ならネット検索がいくらでも出来るが、当時はそんなものはなかった。

私たちはその時持てる知識を総動員して考えた。ふさふさとした毛に覆われた顔、大きな身体。滅多に外に出ない、謎の生き物。犬である、と大人たちは言うが、果たして本当にそうか?

あんな犬、見たことない。
あれが犬のはずがない。
あれは犬じゃない。

果たして私たちは、ひとつの結論に至った。

 

 

 

 

 

 

もしかして、あれはライオンでは?

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いいえ、チャウチャウです。

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(フリー素材のチャウチャウ。記憶の中のチャウチャウはもっと顔が丸かった)

 

今思えば、滅多に犬を目にしなかったのは子供のいない時間帯に出かけていただけだろうと思うし、飼い犬そっくりのプレートを玄関に貼っていた住人は相当の愛犬家だったのではないかと思う。

 

 

*1:当時実家は町の境にあり、神社は隣町にあったが、姉や友達と「この場合の『町』はどっちを指すのか」と論争になった気がする。

*2:狛犬が崩れて下敷きになる危険性の方がリアルで何倍も恐ろしいが、当時は気付かなかった。自分のこととはいえ子供の無鉄砲さは怖い。

*3:両親曰く、その家の住人の名前を冠し、「□□御殿」と呼んでいたそうだ。どれほどの豪邸だったのか、残念ながら私には記憶がない。