『RRR』現代に蘇る英雄譚、その神話の魅力と威力【ネタバレなし感想】

子供の頃から神話が好きだった。
物心付く頃には古代エジプト神話に夢中だった。獣頭人身の神々。古代ギリシャ神話も好きだ。人のように奔放で、人には及ばぬ力を振るう神々。北欧神話も、ケルト神話も、多神教の神話なら何でもひと通り齧ってきた。
大学で史学科に入って、世界各地の歴史の概要的な講義をひと通り受けたあと、やはり多神教が信仰されていたメソアメリカ文明を専攻した。
自分の神話好きについて、深く考えたことはなかったのだが、理由のひとつがわかったかもしれない。

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RRRを観た。

バーフバリ二部作のS.S.ラージャマウリ監督の新作で、面白くないわけがなかろうしTwitterのタイムラインの評判も頗る良かったが、3時間という長丁場に尻込みしていた。
そんな私の尻を叩いたのは、RRRの劇中で歌われた『ナートゥ・ナートゥ』がゴールデングローブ賞を獲ったからである。何だかゴールデングローブ賞に釣られた感じで情けない。アメリカよりインドの方が距離的に近いのに。
ともあれ、まだIMAXで観られる映画館があって心底良かったと思った。

結果、とんでもなく面白い映画だった。「ここがクライマックスだろう」と思ったポイントが3つくらいあった。ゴールデングローブ賞を獲った『ナートゥ・ナートゥ』のシーンは劇中かなり早めに繰り広げられ、1つめのクライマックスですらなかった。大盤振る舞い過ぎる。

バーフバリが、過去のいつか、どこかの国の英雄譚だったのに対し、RRRの舞台は20世紀初頭のイギリス統治下のインド。ストーリーも骨子は支配者・被支配者の間で繰り広げられる。

主役2人の名前はそれぞれ、コムラム・ビームとA・ラーマ・ラージュと言うが、これはインドの実在の革命家から取られている。いずれも20世紀初頭に活動し、若くして命を散らしたが、この2人が実際に顔を合わせたことはなかったという。
上記のことは後でパンフレットを読んで知ったのだが、それらの知識を持たない私が映画を観てもわかったのは、2人のうち、ラーマの名前がインドの叙事詩に由来することだった。

劇中、ラーマの恋人の名前がシータであると聞いたビームが、眩しそうな顔をして「ラーマとシータ」と繰り返すシーンがある。それを見た時には、あの叙事詩の話なのだなと思ったが、それほど気には留めなかった。

しかし、S.S.ラージャマウリ監督はその伏線をとんでもないところで回収しに来る。
あるシーンでラーマが登場した時、この映画は英雄譚なのだ、古代の英雄が現代に蘇り民を救う伝説なのだ、ということを観客の肩を掴んで揺さぶって、これでもかとわからせに来たと思った。
私はそのシーンを見た時、『天空の城ラピュタ』でラピュタの破壊力を将軍に見せつけたムスカの台詞を思い出していた。

旧約聖書にある、ソドムとゴモラを滅ぼした、天の火だよ。ラーマーヤーナでは、インドラの矢とも伝えているがね」

──『天空の城ラピュタ』より

ラーマーヤナ(ラーマーヤーナ)はインドの二大叙事詩のうちのひとつであり、ラーマ王子はその叙事詩に語られる英雄である。ヴィシュヌ神の化身とも言われ、インドラの矢とは彼が放つ矢のことだとも言われる。そしてラーマ王子の妻はシータと言う*1

ラーマの名前は、革命家に由来しながら、それ以前にインドに古くからある叙事詩の英雄に由来する。
そしてビーム(ビーマ)の名前もまた、インドの二大叙事詩のもうひとつ、マハーバーラタに登場する英雄の名前なのである。

RRRを英雄譚や神話と同列で語るのは、危険だとは思う。ファンタジーと現実を混同するのも危険だろう。
しかしこの映画は、現実の世界を描きながらも神話を土台にして革命とインドという国の連帯を語り直そうとしているのだと私は思った。

人は、いつ消えてもおかしくなかった神話を、英雄譚を、何十世代分もの年月を語り継いできた。
そしてその彩り豊かな物語と、そこに語られる英雄の名は、宗主国に駆逐され植民地となった土地に暮らす人々に、何千年も後になってなお勇気を与えるのだ。

もちろん、これには危険性が孕むこともわかっている。太古の神話や伝説を利用し、戦争に突入した過去が日本にもあるからだ。

しかしRRRという映画を観て、冒頭に書いた、私が神話を好きな理由のひとつはこれだと思った。
たとえ忘れ去られていたとしても、或いは見て見ぬ振りをされていたとしても、過去の人々が決して忘れなかった物語が今も残っていて、ふとした拍子に鮮やかに蘇る。
神が、英雄が、栄えて戦い滅んだ物語は、歴史とも神話とも伝説とも呼ばれ、口から口へと伝わり、色褪せたはずの土地に今も宿り、人の心を支える。
その力に震えるほど心を揺さぶられるのだ。
そして人はその力を、善いことに使える。そう信じたい。

 

P.S.
RRRテルグ語バージョンのサウンドトラックを買わせて下さい(2023年2月現在、日本国内で未発売)。

 

 

*1:そう言えば『天空の城ラピュタ』の主役の女の子はシータだった。宮崎駿ラピュタの構想の元にしたのはスウィフトのガリバー旅行記だろうが、男の子が捕らわれた女の子を救いに行くというストーリーラインを考えるに、恐らくラーマーヤナも念頭にあったのではないか。