考察:神の正義を貫く男

スマホのメモ帳を何気なく見直していたら、アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン(以下AoU)でキャプテン・アメリカがスカーレット・ウィッチの術に嵌まって見た夢の意味を考えあぐねて書いた文章が出て来たので、載せてみることにした。

 

そもそもは、AoUを一緒に観に行った友達と映画の後にお茶をしていた時、彼女が言ったことがきっかけだった。

 

「トニーの夢がアベンジャーズ全滅の恐怖、ナターシャの夢が過去のトラウマ、ソーの夢が第3作に続く伏線なんだろうということはわかるけど、キャプテンの夢はどういう意味?『家に帰ろう』という台詞が2度出てくるけど、そもそもキャプテンって家に帰りたいの?」

 

言われて、私は言葉に詰まった。で、延々考えた。

確かにAoUを観る限りでは、キャプテン・アメリカアベンジャーズを仕切る根っからの兵士って感じだし、現代にもある程度順応してるようだし、家に帰りたいという願望は見えない、というか見せない。

 

熱心なキャップファンでもないと、キャプテン・アメリカ/ファースト・アベンジャーからキャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー(以下WS)に至る物語で、キャプテンでなくスティーブ・ロジャースが誠実で真っ直ぐなゆえに結果的に個人としての幸せの追求を犠牲にしたことには思い至らないのかもしれない、と思った。70年後の時代で目覚めて、どれほど大切な人を己の手で幸せにできなかったことに苦悩し、現代で言う「正義」と己の正義のはざまで悩んでいたか。そして死んだはずの親友=バッキーが、壊滅したと思っていたヒドラに捕縛され操られ、50年以上語られる暗殺者ウィンター・ソルジャーとして彼に刃を向けた時、私はキャプテン・アメリカスティーブ・ロジャースの最も欲しかったものを垣間見た気がしました。

 

「君とは戦わない。僕は最後まで君と一緒だ」

 

そう言って任務遂行後、スティーブは70年共に眠り、戦いを共にした盾を捨てた。

ウィンター・ソルジャーが彼を殺すつもりで殴ってきても、彼は抵抗しなかった。そのまま水に落ち、浮かび上がる意志も見せなかった。

ティーブはキャプテン・アメリカの顔を脱ぎ捨てれば、ただの迷子なんだと思い知っ瞬間だった。

 

前置きが長くなったが、散々考えた結果、私は前述の友人にだいたい下で書いたようなことを伝えた。

 

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キャップは夢の中で、自分が迎えられなかった第二次大戦の終戦の祝いの場にいる。

ダンスホールでは皆喜んで酒を飲み、カメラが銃声か爆発音に似たフラッシュ音を立て、血の色に似た酒を胸にこぼしても機嫌の良さそうな人や、戦争が終わったのに些細なことで争う人がいる。

そんな中で、少し混乱して立ち尽くしていると、若いままのペギーがダンスに誘ってくる。そして「家に帰ろう」と言う。本物じゃないってキャップにはわかってる。現実のペギーは90歳を越えている。

 

キャップは、家に帰りたいのか?と問われれば答えに窮すると思う。帰る家がないことを痛いほどわかってるから。だから家に帰ろう、と言われても立ち尽くすしかないし、住んでいる場所を家と呼ぶんだろう。

立ち尽くしているところで、夢ではダンスホールが空になる。空虚でしかない。虚ろな現実に向き合わないように闘っているのかもしれない。

ティーブは、夢の中だけでもペギーと踊ればよかった、と思ったかもしれない。フラッシュバックのようにダンスシーンが挟まれるけど、その後のスティーブの顔を見てると、そういう後悔が見えるような気がする。

ダンスの約束をしたまま70年も経って、再会したペギーはもう己の力で立てないほど老いていたから。

 

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ティーブの夢が恐ろしい、というかスティーブの存在が危ういと思うのは、AoU時点でスティーブがそれまで心に受けた傷を、受け止める存在がいない、という事実だった。

ティーブはキャプテン・アメリカという仮面を、実に巧く被っている。傷もとても巧妙に隠している。まるで無傷を装える強さも持ち合わせている。実際彼は根っからの兵士だから、誰かに弱いところを見られるようなことはしない(WS以降恐らく誰も信じていない)し、兵士らしく振る舞うのも恐らく苦には感じていないでしょう。それでも、彼も人間だ。

 

AoU冒頭で、マリア・ヒルマキシモフ・ツインズの情報をスティーブに報告している時、「自ら人体実験に身を投じるなんて」と言ったヒルに、スティーブは冗談めかしてこう返す。

 

「What kind of monster would let a German scientist experiment on them to protect their country?」

(祖国を守るためにドイツの科学者の実験台になるなんて、どんな怪物だろうな?)

 

これは明らかに、第二次世界大戦中にドイツの科学者の超人血清実験に志願をした己を痛烈に皮肉っている。

それに気付いたヒルが、

「Captain, we're not at war.」

(今は戦争状態じゃない)

と返すが、それにもスティーブは微笑みながら答えるのだ。

「They are. 」

(彼らは戦争をしている)

 

70年経って尚、戦争が絶えない世界を見るスティーブはどんな気持ちだろう。

彼の周りは(ソーを除いて)現代の問題を『自分の時代の』問題として対処している。

けれどスティーブは違う。戦争の犠牲になって氷漬けになり、目覚めさせられ、70年経ったことを知らされ、必要とされるからそこにいる。

どうしようもない孤独や、戻れるはずのない時代への追慕を理解する人間はどこにもいない。

 

現実に、彼の気持ちを分かち合える存在はアベンジャーズの中におらず、彼もそれをわかっている。

トニーに

「I don't trust a guy without a dark side.」

(影のない人間は信用できない)

と言われた時、スティーブが

「Well let's just say you haven't seen it yet.」

(そうだな、君がまだ見ていないのだとしようか)

と答えたのには、どこか苛立ちと諦観が混じっているように感じた。

 

この先、MCUにおいてキャプテン・アメリカスティーブ・ロジャースに救いがあるのか。

彼がキャプテン・アメリカでなくスティーブ・ロジャースとして生きていける未来があるのか。

そう考えた時に思い出すのが、AoU劇中でウルトロンがキャプテン・アメリカのスーツを着たスティーブと初めて対面した時の台詞。

 

「Captain America. God's righteous man.」

キャプテン・アメリカ、神の正義を貫く男)

 

「Pretending you could live without war.」

(戦争がなくても生きていけるような振りをしているな)

 

cap01

 

戦争時に皆に必要とされる、スティーブのキャプテン・アメリカとしての生き方を嘲笑う台詞のように聞こえた。

ティーブはそれに対して、わずかに表情を曇らせるが、何も言い返さない。

そんなことはない、と言えなかった彼の、この先の未来に、どうか戦争以外の生き方を与えてくれる誰か、何かがあることをひたすら願っている。